企業の経営者は、当該企業の営業実績を把握しつつ、より高い利潤を獲得するべく舵取りを行っていく立場であることは言うまでもありません。
さらに、経営者は企業の運営にとどまらず、事業承継に関しても考慮することが求められます。
会社を末永く継続できるものにするため、さらには企業に従事する社員及びその家族の生活を確保するため、事業承継は経営者にとって非常に重要な取り組みの一つと考えるべきです。
事業承継によって継承されるものとは何か、事業承継の形式上の違いについて解説をします。
さらに、事業承継をスムーズに実行するためのポイントや公的な支援制度についても紹介します。
この記事で分かる事
- 事業承継とは人・資産・知的資産の引継ぎを行うことである
- 事業承継の種類は親族内承継・親族外承継・M&Aの3種類がある
- 親族内承継が減少し、逆にM&Aが増加している傾向にある
- 中小企業庁などの公的機関による事業承継の支援制度がある
事業承継とは会社の経営を引き継ぐこと
事業承継とは、会社の経営を後継者に引き継ぐことを指します。
中小企業や中堅規模の企業にとっては、会社の経営を誰が引き継ぐかというのは大きな課題です。
なぜなら、経営者の判断や考え方が会社そのものの判断基準、及び存在意義になるほどの影響力を発揮することが多いためです。
大企業になると、組織や部署ごとに責任者がおり、それぞれの組織内で運営方針や目的をもって活動します。
トップの経営者は、会社の大きな経営方針を示すことに終始し、実際の運営は各責任者が実行に移します。
一方、中小企業や中堅企業の場合は経営方針の決定から実際の舵取りまで、経営者が担うべき業務は幅広いです。
また、事業承継は単に次の経営者を誰にするか決める作業にとどまりません。
会社の自社株の継承による所有権の承継、および後継者たる人材を育成する後継者教育も含まれます。
事業承継において引き継ぐべき3つの経営資源について、以下にそれぞれ紹介します。
- 人の承継
- 資産の承継
- 知的資産の承継
経営権を引き継ぐ「人の承継」
事業承継における「人の承継」とは、会社の経営権を引き継ぐことを指します。
特に中小企業や中堅企業においては、経営権を持つ代表者個人に実務上での決裁権や取引先とのやり取りのノウハウが集中することが多く見られます。
このため、「人の承継」の問題は実務面・経営面ともに重要な意味を持つことが多いです。
経営者の経営権を引き継ぐ際には、短期間では到底身に付けられない様々な知識や問題解決能力が求められます。
したがって、「人の継承」の問題はできるだけ早期のうちに対処することが望ましいです。
事業に要する資産を引き継ぐ「資産の承継」
「資産の承継」とは、事業を遂行するために必要となる資産を後継者に承継する行為のことを指します。
会社の建物や設備・土地などの固定資産や、現金預金などの運転資金などが該当します。
現在の経営者が所有する会社の株式も、承継対象の資産に含まれます。
経営権を引き継ぐ目的で行う株式移転であったとしても、状況によって税負担が大きく変わることがあります。
会計・税務分野の専門的な知識が求められる内容となるため、税理士や会計士などの専門家に相談することが望ましいです。
知的資産の承継
「知的資産の承継」とは、無形資産のことを指します。
例えば、社員に培われている専門的な技術・技能は、形はないものの会社の特徴を色濃く伝える重要な要素です。
また、特許やブランドイメージといった部分、あるいは顧客及び協力会社とのつながりなども含まれます。
さらに、会社の経営理念やモットーなども知的資産に含めて考えます。
会社の強みや個性・価値の所在に影響する非常に重要な要因と考えられるため、しっかりと時間をかけて後継者に共有するべき内容です。
事業承継の種類は3つ
事業承継の形式上の種類は、以下の3種類があります。
- 親族内承継
- 親族外承継
- M&A
それぞれの特徴やメリット・デメリットについて紹介するので、どの形式が適切なのかよく考えて決めましょう。
子息などに承継する親族内承継
親族内承継は、現経営者の親族に会社を引き継がせる形式の事業承継です。
以前の中小企業においては、メインの事業承継方法として利用されてきました。
現経営者の息子に事業を引き継がせるなど、周りから見ても本人たちから見ても違和感なく受け入れられやすい方法です。
親族内承継の主な3つのメリット
親族内承継を採用する主なメリットを、以下に3つ紹介します。
- 関係者から心情的に受け入れられやすい
- 後継者教育を行う準備期間の確保が可能
- 相続等による所有と経営の分離回避
例えば、現経営者の息子が会社を引き継ぐとしても、社員から不満が出づらいというのは大きなメリットです。
また、早い段階から後継者を決めて様々な教育をする準備期間の確保が容易となります。
後継者が若いうちに海外での勤務を経験させたり、自社の複数の部署をローテーションで経験させるなどの教育が滑らかに進められます。
さらに、経営権とともに事業用資産・株式など財産を一手に承継することになるため、所有と経営が分離することを回避できます。
所有者と経営者が違うと、経営を進める上でスピード感のある運営ができなくなる恐れがあります。
親族内承継の主な2つのデメリット
親族内承継には、メリットだけでなくデメリットも存在します。
代表的なデメリットを、以下に2点紹介します。
- 適性のある親族がいるとは限らない
- 後継者の決定・経営権の集中が難しい
現経営者の親族の中に、会社を承継するに足る人材がいるとは限りません。
適正面はもちろんのこと、経営者として取り組む意欲を持てる人材がいないケースも考えられます。
現経営者が、会社の運営に対してつらい経験をした場合、同じつらい経験を親族にさせたくないという考え方を持ち、承継に踏み切れないといった問題もあり得ます。
また、後継者に対して財産や経営権を集中させること自体に弊害が発生することもあります。
例えば現経営者に子供が複数いた場合、そのうちの一人にすべての権限を承継してしまうと、他の子供に不満の気持ちが生まれる恐れがあります。
相続の問題で、資産の一定割合を分配する義務がある点にも配慮する必要があるでしょう。
自社役員・社員に承継する親族外承継
親族外承継とは、親族以外の自社の役員や社員に経営を引き継がせる形式のことです。
承継する相手の候補としては、以下のような人材が考えられます。
- 長年会社に貢献してきた役員
- 将来性豊かな若手の経営陣
- 支店長など責任ある立場を経験した社員
必ずしも、現経営者の親族が会社を引き継ぐ必要はありません。
会社の状況をよく理解している経験豊富な社員を後継者に選択するのは、会社の存続を考えるうえで効率の良い考え方です。
親族外承継の主な2つのメリット
親族外承継を選択する主なメリットを、2つ紹介します。
- 会社・事業に詳しい人にスムーズに承継できる
- 経営者としての資質・適性の見極めができる
会社に長年貢献してきた人材など、会社について詳しく理解している人材を登用できるのは大きなメリットです。
後継者教育にかける時間やコストを抑え、スムーズな事業承継が可能です。
また、経営者としてふさわしい資質や適性を持っている人材を見極められる点も大きなメリットです。
親族の中から後継者を選択するとなると、選択肢は非常に限られます。
一方、親族にこだわらず社員の中から後継者にふさわしい能力を持った人材をじっくりと選定できます。
親族外承継の主な3つのデメリット
親族外承継を選択することにも、デメリットはあります。
親族外承継を選択するデメリットの代表例を、3種類紹介します。
- 適任者を見つけられないことがある
- 後継者候補に株式取得等の資金力が無い場合が多い
- 個人債務保証の引き継ぎ等に問題が多い
会社の経営者になるということは、それまで社員として勤務していた状況とは比べ物にならないほどの大きな責任が伴います。
業務遂行についての能力を十分に持っているとしても、それほどの大きな責任を負うことをためらう気持ちが出ても不思議ではありません。
適任者がなかなか見つからないという点は、親族外承継のデメリットといえるでしょう。
また、事業資金や株式を譲り受ける際には費用がかかります。
会社の規模によってはかなりの高額になるケースがあるため、その資金力が不足しているために事業承継が難しくなる場合が多く見受けられます。
さらに、個人債務保証を負うことを受け入れられないことで、事業承継がスムーズに進まないケースも多いです。
中小企業の場合は、個人資産を担保にして事業を展開しているケースが少なくありません。
資産を担保にするために個人債務保証のリスクを負うことになるため、後継者自身だけでなくその家族の理解を得られずに承継が進められないという点もデメリットといえます。
第三者企業に承継するM&A
第三者の企業に事業を承継するM&Aという選択肢も、事業承継の方法の1つです。
近年特に注目が集まっている形式であり、利用者が増えています。
M&Aとは「Mergers and Acquisitions」の略称で、合併買収という意味となります。
会社を売却して経営を託す方法で、後継者がいない会社の経営者が選択するケースが増えています。
M&Aの主な4つのメリット
M&Aを選択することのメリットを、以下に4つ紹介します。
- 後継者を広く外部に求められる
- さらなる会社の成長・発展を実現できる
- 個人保証や、個人資産の担保提供から解放される
- 創業者利益を確保できる
M&Aを選択した場合、後継者を第三者から選択できるため、幅広い選択肢が広がります。
また、新しい会社が経営を引き継ぐことで、今まではなかったノウハウや技術・資力を活用してさらに事業を成長させられる可能性があります。
さらに、中小企業で問題になりがちな個人保証の問題から解放され、経営者にかかる負担がなくなります。
事業承継によって会社を売却することで、譲渡益が得られる点も大きな魅力です。
事業承継を考える経営者は、高齢になっていることが多いです。
会社を売却した資金でセカンドライフを楽しむというのも、豊かな人生を送るうえでおすすめの考え方でしょう。
M&Aの主な4つのデメリット
M&Aを選択する場合にも、メリットと同時にデメリットがあります。
M&Aのデメリットの代表例を4つ紹介します。
- 希望の相手を見つけるのが自力では困難
- 文化やシステムの統合に時間がかかる
- 経営方針が買い手に委ねられる
- 利害関係者に対して十分な説明が必要
いざM&Aをするといっても、自分で売却先の企業を探すのは難しいです。
そのため、M&Aの仲介を行う専門業者に相談することになり、仲介手数料などの費用負担が発生します。
また、新しい会社に事業を売却した場合、それまでの人事システムや業務などを新しい会社に適した形に統合・再編する手間と時間が必要になります。
さらに、経営方針が新しい会社に委ねられるのもデメリットとなりえます。
長い年月をかけて醸成してきた企業の個性や方針が、思わぬ方向に展開されてしまうことも少なくありません。
利害関係者への説明の仕方も、しっかりと考慮する必要があります。
特に大きな影響が及ぶのが、従業員およびその家族です。
従業員には、事業承継を果たした後も士気を下げることなく仕事に従事してもらうために、M&A実行の説明の仕方やタイミングはよく検討する必要があるでしょう。
事業承継を上手に実行するための2つのポイント
事業承継は、経営者本人だけでなく、会社の従業員やその家族など多くの関係者に影響を与える重要な作業です。
事業承継を上手に実行するために、重要な2つのポイントを紹介します。
- 早めに取り掛かる
- 専門家に相談する
関係者の不満をできるだけ少なくスムーズな事業承継をするために、適切な対応が求められます。
早めに取り掛かる
事業承継を行う際には、早めに取り掛かることが重要です。
事業承継には、後継者の選定・後継者教育・事業及び資産の引き継ぎなど、かなりの時間と手間を要します。
遅くとも経営者が60歳になるころには、具体的に事業承継についての計画を立てるべきです。
「いつ・誰に・どのように」事業承継するかを決めるなど、方針を明確にしておくことが求められます。
後継者が見つからない場合は、M&Aを選択することも視野に入れて計画を立てましょう。
専門家に相談する
事業承継が重要であることは理解していても、具体的にどのようにしたら良いのかわからないという経営者も多いでしょう。
そんな時は、早めに専門家に相談することをおすすめします。
顧問弁護士や会計士・税理士など普段からやり取りのある専門家がいる場合は、気軽に相談してみましょう。
専門家が周りにいない場合は、M&Aの仲介業者や公的機関の事業承継支援センターなどを利用する方法もあります。
中小企業における事業承継は親族内承継が減少傾向にある
中小企業における事業承継は、親族内承継が減少傾向にあり、逆に親族外承継・M&Aが増加傾向にあります。
中小企業庁の資料を見ると、以前は親族内承継が9割を占めていたものの、近年は親族外(M&A含む)への承継が6割を超えています。
(参考:事業承継に関する現状と課題)
親族を後継者にすることで、本人に負担を背負わせたくないと考える経営者が増えていることが伺えます。
M&Aに対する認知・理解を改める考え方が広がってきている
近年は、M&Aに対する認識が徐々に変わってきている現状が見て取れます。
前述の中小企業庁の資料において、4割近いケースでM&Aを利用した事業承継がなされています。
以前は、M&Aというと大企業だけが実施できること・あるいはM&Aをすることで従業員がリストラに遭うかもしれない、といったマイナス面のイメージが根付いていました。
しかし近年はM&Aに対する理解が広がり、利用者が増えています。
M&Aで買い手がいるということは、自社に価値があり社会から必要とされていると考えられます。
後継者がいないからと事業を終えてしまうのではなく、M&Aを含めた対応の仕方を検討することが重要です。
事業承継を支援する公的取り組みがある
中小企業庁では、中小企業の事業承継を支援する公的な取り組みを行なっています。
その代表例を以下に4種類紹介します。
- 中小企業庁による「事業承継ガイドライン」の改訂
- 中小企業庁による「中小M&Aガイドライン」の策定
- 事業承継・引継ぎ補助金の支給
- 事業承継における税制面での優遇措置
事業承継は、経営者一人の力だけで成し遂げられるものではありません。
家族や従業員をはじめ、関係者全員の協力を得ながら進めていかなければいけません。
その中で、公的機関の実用的な情報や補助制度を最大限に活用して事業承継を進めていくのがおすすめです。
中小企業庁による「事業承継ガイドライン」の改訂
中小企業庁は、「事業承継ガイドライン」の改訂を2022年3月に実施しました。
「事業承継ガイドライン」には、事業承継の重要性や現状の課題などとともに、具体的な手続きの進め方について記載されています。
事業承継の基本的なマニュアルの位置づけで、無料で公式ホームページ上で閲覧可能です。
中小企業庁による「中小M&Aガイドライン」の策定
中小企業庁は「中小M&Aガイドライン」を策定し、公表しています。
中小企業における事業承継の方法の一つに、M&Aがあることは前述のとおりです。
しかし、経営者にM&Aの正しい知識が浸透していないのが現実です。
昔に比べ比較的理解が深まっているとはいえ、まだまだ十分とは言えません。
そのため、中小企業の経営者がM&Aを正しく理解するために策定されたのが「中小M&Aガイドライン」です。
「中小M&Aガイドライン」のポイントは以下の2つです。
- M&Aの基本的な事項や費用の目安を解説する
- 支援機関に対しての必要なサポート内容と注意点を解説する
M&Aの基本的な事項や費用の目安を解説する
「中小M&Aガイドライン」は、M&Aの基本的な内容及び費用の目安を解説しています。
冒頭には、過去のM&A事例がおよそ20例紹介されています。
従業員の反対を受けた・もともと廃業する予定だったなど、様々な事例が具体的に紹介されているため、自身の状況に近い事例が見つけやすいです。
支援機関に対しての必要なサポート内容と注意点を解説する
「中小M&Aガイドライン」では、事業承継を実行しようとする経営者向けだけでなく、M&Aの支援側に対する情報も豊富に記載されています。
- M&Aがスムーズに進むように努めること
- 相談者の利益を最大限にもたらせるように努力すること
- 互いに連携をしてバックアップに徹する姿勢の重要性
M&A支援者向けには、以上のような内容の情報が掲載されています。
事業承継・引継ぎ補助金の支給
中小企業庁は、事業承継を行う事業者に対して、「事業承継・引継ぎ補助金」の支給を行っています。
「事業承継・引継ぎ補助金」には、以下の3つの分類があります。
- 経営革新事業
- 専門家活用事業
- 廃業・再チャレンジ事業
それぞれ認定要件や補助の上限額が異なるため、申請をする分類の条件をよく理解して不備のないように利用しましょう。
事業承継における税制面での優遇措置
事業承継においては、税制面での優遇措置が適用されることがあります。
事業承継税制と呼ばれるもので、先代経営者から資産や株式などを譲渡された場合に、一定の条件を満たすことで贈与税や相続税が猶予されるという内容です。
この税制は2009年に適用され、2018年にはさらに利用できる範囲が拡充するなどの措置が講じられています。
事業承継で得た資産に対する贈与税及び相続税は、相当大きな負担となってしまうことが多いため、税制面で受けられる優遇は最大限に活用しましょう。
まとめ
事業承継は、単に後継者に事業を引き継ぐというだけではなく、考慮するべきポイントがたくさんあります。
事業承継の形式には、以下の3種類があります。
- 親族内承継
- 親族外承継
- M&A
以前は親族の中で後継者を見つけるのが一般的でしたが、近年はM&Aを利用して第三者に事業を引き継ぐ動きが増えています。
事業承継の手続きは、専門的な判断を求められる場面も少なからずあります。
後継者の育成に時間がかかるという問題もあるため、事業承継の準備は早めに行うのがよいと考えられます。
自身で判断が難しければ、専門家に相談しながら適切な手続きを行っていくのが良いでしょう。
事業承継をスムーズに行って、後進へ適切に道を譲ることを目指しましょう。